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東京地方裁判所 昭和57年(ワ)8435号 判決

原告 国

右代表者法務大臣 秦野章

右指定代理人 岩倉毅

〈ほか六名〉

被告 芙蓉産業株式会社

右代表者代表取締役 冨安孝典

被告 株式会社若木商事

右代表者代表取締役 大原豊

被告両名訴訟代理人弁護士 富永義政

同 菊池祥明

同 太田耕造

同 田島恒子

同 清水正英

主文

被告芙蓉産業株式会社は原告に対し、東京都板橋区坂下三丁目三番二〇 畑一一五m2につき、真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記申請手続をせよ。

被告株式会社若木商事は原告に対し、右の畑についてなされた別紙登記目録(二)記載の登記の抹消登記申請手続をせよ。

訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文と同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  (本件土地所有権の帰属)  主文掲記の土地(以下「本件土地」という。)は、もと東京都板橋区志村中台町二二三六番田二〇歩及び同町二二三七番田二七歩との二筆の土地であったが、昭和二六年一一月七日、右各地目がいずれも畑に変更され、昭和二九年には土地区画整理法に基づく換地処分により東京都板橋区蓮根三丁目三番二〇畑一畝五歩(一一五m2)となり、その後、昭和四一年五月一日、町名変更によって現在の表示となったものであるところ、かつて東京都板橋区板橋町九丁目二二三三番地(不動産登記簿上は、東京都北豊島郡板橋町大字下板橋二三一五番地)在住の松谷元三の所有であったが、原告(旧農林省、現在所管庁関東農政局)は、昭和二三年一〇月二日、自作農創設特別措置法(以下「自創法」という。)三条の規定に基づき右元三から本件土地を買収して所有している。

2  (被告らの各登記の存在)  ところが、本件土地について、被告芙蓉産業株式会社(以下「被告芙蓉産業」という。)のために、別紙登記目録(一)記載の登記(以下「本件(一)登記」という。)が、また被告株式会社若木商事(不動産登記簿上は、台東区根岸三丁目八番六号芙蓉商事、その後、商号変更及び本店移転をなし、いわゆる商業登記簿上は現在の表示となった。以下「被告若木商事」という。)のために、同目録(二)記載の登記(以下「本件(二)登記」という。)がなされている。

3  よって原告は所有権に基づき、被告芙蓉産業に対しては、本件(一)登記の抹消登記申請手続の請求に代えて真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記申請手続を、被告若木商事に対しては、本件(二)登記の抹消登記申請手続を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1のうち、本件土地が、かつて松谷元三の所有であったが、昭和二三年一〇月二日、原告が自創法三条の規定に基づき同人から買収して所有することとなったことは認めるが、原告が現にこれを所有することは否認する。尤も本件土地について所有権移転登記の嘱託書が買収登記嘱託書綴込帳に編綴されたことにより所有者を原告とする所有権移転登記がなされたものとみなされることは認める。

2  同2を認め、同3を争う。

三  抗弁

1  原告の自創法三条による買得後も、不動産登記簿上は亡松谷元三が依然として本件土地所有者であった(甲区五番、別紙登記目録(三)記載の登記)ため、昭和四二年七月二九日、松谷元樹が相続により本件土地所有権を承継取得し、昭和四九年六月二一日、別紙登記目録(四)記載の登記(以下「本件(四)登記」という。)を経由し、引き続き同年七月四日、有限会社三義商事が同年六月二六日代物弁済予約を原因とする所有権移転請求権仮登記(甲区一〇番)及び同日金銭消費貸借の同日設定契約を原因とする抵当権設定登記(乙区七番)をなし、同年八月五日、右三義商事による本件土地に対するいわゆる任意競売の申立(その登記は甲区一一番)がなされ、被告芙蓉産業は、昭和五二年一一月二一日、これを競落して所有権を取得し、本件(一)登記を経、ついで同被告は、被告若木商事の前身である株式会社芙蓉商事のために昭和五二年一一月二一日、債権八〇〇万円とする金銭消費貸借の同日設定契約をなしていたので、被告若木商事は、本件(二)登記を了したものである。

2  かように実体関係とそごする登記簿の表示が作成され、存続した経緯は、次のとおりである。

(一) 自創法による本件土地の買収登記嘱託書が、綴込帳に編綴されたものの、本件土地登記簿甲区欄には順位六番の登記があり、該登記では、所有権取得登記をなさず、その所有権が順位五番と同一事項である旨の登記をなしたにすぎない。正当には、順位六番の登記に際して登記官は、右嘱託書綴込帳から右原告の買収による所有権取得登記を移記し、しかる後、右順位六番の登記が、順位七番としてなされるべきであった。

(二) そして、登記官は、粗悪用紙等の移記について(昭和三八年七月一八日付民事甲第二〇九四号民事局長依命通達)の作業にあたり、単に順位七番の登記を誤記として朱抹したにとどまり、自作農創設特別措置登記令(以下「自創登記令」という。)一二条によりなすべき登記手続をしなかった。

(三) さらに登記官は、右依命通達に基づく移記を了した後である昭和四四年五月一二日、本件土地の所有者が原告であることを発見して、移記後の新用紙における松谷元三の所有権取得登記を朱抹し、同用紙を閉鎖し、登記簿用紙の閉鎖を解除し、順位八番の登記で、順位六番の登記を順位七番とし、かつ、登記事項の一部を職権で更正しながら、依然、自創登記令一二条によりなすべき登記手続をなさず、また本件(四)登記にあたっても、原告が自創法三条に基づく買収により所有権を取得した旨の本件土地登記簿表題部欄外の記載(以下「本件欄外記載」という。)を看過して、本件(四)登記を了し、引き続き前記三義商事のための各登記をなした。

3  被告芙蓉産業は、前記競落に際し、本件土地登記簿上の外観から、本件土地の所有権が前記松谷元樹に帰属しているものと信頼してこれを競落した。

4  原告の機関であり、かつ、本件土地の管理責任者である農林大臣は、自創措置令を知悉していたのであるから、本件土地を買収したからには、当然速かに同令一二条一項による登記手続をなすべく登記官を促がす等の措置をなすべきであったのに、その買収から被告芙蓉産業の競落までの一九年余の間、何らの措置をとることなく放置し、このため前記のとおり、登記官による数々の登記手続がなされたものの、実体関係と異なる亡松谷元三を本件土地の所有者とする登記簿上の表示が存続し、さらに前記松谷元樹による所有権承継取得の表示が作出され、これが存続したまま、前記三義商事による任意競売の申立、次いで被告芙蓉産業による競落がなされたものである。

5  不動産につき、所有者の意思に基づき実体関係に符合しない登記等の権利の外観が作出され又は存続されている場合に、右外観を信頼して取引関係に入ってきた善意の第三者に対しては、民法九四条二項の類推適用により、所有者はそれが真実に合致しないことをもって対抗できない(最高裁判所第二小法廷昭和四五年七月二四日判決民集二四巻七号一一一六頁ほか参照)ところ、前記のとおり、実体関係と異なる登記簿上の表示の作出は、原告の機関である農林大臣の意思に基くものとは言えないとしても、農林大臣は、自創登記令一二条一項による登記手続がなされないまま、登記簿上の表示につき是正措置をとることなく、放置したもので、このような場合、将来において右実体関係とは異なる登記簿上の表示を信頼して新たな権利関係を結ぶ者が出現することを容易に予測できたのであるから、右是正措置を採らなかった点につき農林大臣に重大な過失があるものというべく、本件にあっては、前記実体関係と異なる一連の登記簿上の表示の作出、存続は、原告の意思によってなされたものと同視すべく、他方、被告芙蓉産業は、民法九四条二項にいわゆる「善意の第三者」に該当すべく、よって原告は、右条項の類推適用により本件土地所有権の取得を被告らに対抗できない。

四  抗弁に対する答弁

1  抗弁1、2を認める。原告(具体的申請者は東京都知事)は、昭和二六年七月一六日、東京法務局板橋出張所に対し、本件土地につき自創登記令に基づき、登記事項を「登記原因昭和二三年一〇月二日自創法三条による買収」、「登記権利者農林省」とする所有権移転登記の嘱託(甲第四号証)をなし、右嘱託書は同年一一月九日、同出張所の買収登記嘱託書綴込帳に編綴され、これにより右嘱託書の右登記事項は自創登記令一〇条により、右編綴のときに登記簿の甲区欄に順位六番でその登記がなされたものとみなされるに至り、かつ、この旨を示すため、自創登記令施行細則四条に基づき本件土地登記簿表題部欄外に「自作農創設特別措置法土地買収綴込帳第一五四冊一丁」と記載された。この本件欄外記載は、これにより買収による所有権移転登記の効力が生じていることを公示するものである。

ところで、自創登記令一二条一項によると、本件土地につき新登記の申請・嘱託等がなされた場合には、登記官は職権で、みなし登記事項及びその順位番号を嘱託書綴込帳から甲区欄に移転したのち、右新登記をなすべきところ、本件土地につき、昭和二九年一〇月七日、東京都知事から区画整理による(合併)換地処分に伴う登記の嘱託を受けた際、登記官は、前記自創登記令一二条一項による移転登記をなさず、また右換地処分の登記に伴う登記(従前の土地にされていた所有権登記が順位五番と同一事項である旨の登記)は、右職権による移転登記を了したのち、「順位七番」として登記事項も「……順位六番と同一なり」となすべきであるのに、「順位六番」、「……順位五番と同一なり」として登記を経、その後、いわゆる粗悪用紙等の移記に着手したとき、順位六番でなされた登記の過誤に気づき、右移記を中止し、順位七番を誤記として朱抹し、昭和四四年五月一二日、順位八番をもって、東京法務局長の許可を得て、登記簿上、順位六番の所有権登記を順位七番に、登記事項中「……五番と同一……」を「……六番と同一……」と職権更正した。

甲区順位九番ないし一六番の各登記及び乙区順位七番ないし一〇番の各登記は、いずれも前記表題部欄外の原告の買収による所有権移転登記を看過してなされたものである。

2  抗弁3は知らない。

3  同4、5を争う。前記のとおり、原告の機関である農林大臣は、その所有権移転登記の嘱託をなし、その嘱託書綴込帳への編綴によって、本件土地登記簿甲区順位六番に所有者を農林省とする所有権移転登記がなされたものとみなされるので、この時点で民法一七七条にいわゆる対抗力を具備したものであり、その旨の本件欄外記載の確認をすればたり、他に何ら登記上の措置を採る必要も、これをなす義務もない。また右欄外記載による公示後、被告らによる所有権移転登記、抵当権設定仮登記がなされるであろうことを、農林大臣においては到底知り得ない。以上を要するに、原告(農林大臣)は被告ら主張の民法九四条二項の類推適用による善意の第三者保護の法理の前提事実である仮装登記の作出につき承諾を与え、若しくはこれと同視し得る態様における関与をいずれもなしていないのであるから、右被告らの主張は失当である。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1の事実は、《証拠省略》によって認められ、この認定に反する証拠はなく、請求原因2の事実は当事者間に争いがない。

右事実によると、原告の本件土地所有権に基づく本訴請求に対し、被告芙蓉産業は本件(一)登記の抹消登記申請手続に代えて真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転、被告若木商事は本件(二)登記の抹消の各登記申請手続をなすべき筋合である。

二  そこで抗弁について判断する。

抗弁1、2の各事実は当事者間に争がなく、《証拠省略》によると、原告主張の四の1の事実が認められ、また《証拠省略》によると、被告芙蓉産業はその競落に際し、本件土地登記簿上の外観から、本件土地所有権が松谷元樹に帰属しているものと信頼してこれを競落したこと及び被告若木商事は、被告芙蓉産業が右競落によって適法にその所有権を取得したものと信頼して本件(二)登記の原因である金銭消費貸借の締結とその抵当権設定契約をなしたこと並びに原告の機関である農林大臣は、前認定のとおり、昭和二六年七月一六日、登記の嘱託をなし、これによる同年一一月九日付の本件欄外記載をその頃確認したものの、その後、被告芙蓉産業の競落までの間、本件土地に関する実体関係と異なる登記の表示の存続、作出ないし存続につきこれが是正措置をとらなかったが、この間、被告らの如く本件土地につき取引関係を有するに至る者のあることを予知しなかったことが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

被告らは、右認定の事情の下では、いわゆる民法九四条二項の類推適用によって原告はその所有権の取得を被告らに対抗できないと主張するが、右法理は、真実の所有者において、右の如き実体関係と異なる物権取引をなし、その旨の登記を経たことにつき、かかる取引または登記の作出に関して、承諾を与え、もしくは承諾を与えたのと同視しうる態様における関与があって帰責的である場合に、これらの取引をなしまたは登記を作出した善意の第三者を保護すべしとするものと解せられるところ、本件にあっては前示のとおり、原告は、その登記の嘱託をなし、本件欄外記載によって公示されたことを確認したことが明らかで、その後において原告自らが被告らの登記に先だつ時期に新たなる登記原因となる行為をなしたことが認められない本件では、原告が登記官のなすべき職権登記を促し、または過誤等を是正する措置をなし、もしくはその前提として自己の取得登記後の物権変動等の登記に留意する等の注意義務を課するのは相当ではなく、また叙上認定のとおり登記官に過誤があるものの、登記官は登記事件の処理につき独立の権限を有するとはいえ、原告である国の機関としての財産処分権限を有しないので、その過誤を原告(農林大臣)の過誤となすことを得ない(その過誤の実体が前認定のとおりであるからには、これをもって前記承諾と同視し得べき態様における関与となすのも疑問がある。)から、結局本件認定事情の下では、右法理を適用するに由なく、被告らの抗弁は採用しない。

三  よって原告の本訴請求はいずれも理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 薦田茂正)

〈以下省略〉

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